「就職後の未来」
は今とどう違う?
DTCのリーダーに聞く
2025年の世界
人口減少や超高齢化社会の到来で、国内マーケットの需要が急激に変わりつつある。そんな中、日本企業に求められるのが、テクノロジーを活用してイノベーションを起こすこと、そしてSDGsやダイバーシティの観点を取り入れた「新しい経営」を行うことだ。この流れを受け、これからの社会はどう変わっていくのだろうか。世界最大級のグローバル経営コンサルティング会社、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)の長川氏が2025年の日本社会を解説する。
執行役員
医薬品・医療機器・製造業界における国内外の主要多国籍企業に対する事業戦略・M&A戦略立案、組織・業務変革推進のほか、海外展開戦略、グローバルマネジメント改革、海外組織再編の策定・実行支援など、クロスボーダープロジェクトを数多く手掛ける。2019年より、Chief People Empowerment Officer(全社採用・育成・キャリア開発担当)を兼任
日本で就職をする皆さんが2025年に直面する深刻な課題を一つ挙げるなら「人口減少」でしょう。人口減少社会において、売上や利益の右肩上がりの成長は望めません。企業がこれに立ち向かうには、成功の物差しを変える必要があります。今後は売上や利益などの「量」で測れる成長だけではなく、事業の先にいる人々にどれだけ新しい充足感を提供できているかといった「質的な成長」も重視されるようになる。それを新たな成長の指標に据える必要があるのです。
とはいえ、「質的な成長」は真新しい概念というわけではなく、100年以上前から日本企業が大切にしてきたスピリットでもあります。例えば、買い手良し・売り手良し・世間良しという「三方良し」の考え方や、大義を優先して利益は後から考える「先義後利」といった言葉が江戸時代以降、現代まで残っていることがその証し。しかし、この20~30年は株主の利益を最優先する株主至上主義が浸透し、「量的な成長」に目を向ける企業が主流になっていました。もちろん、企業の利益追求を否定するわけではありませんが、もう既に経営者が「もうかればそれでいい」という近視眼的な考え方を改めるべき時がきているのです。
コンサルティングファームは
持続可能な日本をつくるシェルパへ
では、企業が質的に成長するとは、どんな状態なのか。分かりやすいところで言えば、最近よく耳にする「SDGs (持続可能な開発目標)」がそれに当たります。新しい考え方のように思えるかもしれませんが、そもそもビジネスの先にある市場のニーズは世の中の困り事であり、SDGsに掲げられている目標はまさに世界共通の社会課題。これらの解決に貢献することは、企業にとってまさに「質的な成長」と言えるでしょう。
しかし現実問題、SDGsをビジネスとして成功させている企業は日本ではほとんど見かけません。SDGsを一過性のブームで終わらせないために必要なのは、「世の中のためになる事業こそが社会にインパクトを与えられ、経済的にも成功できる」というストーリー。先見の明のある経営者は、いち早くSDGs経営によるマネタイズ術を見つけようと動き出しており、われわれも成功事例を生み出す支援に注力しています。
SDGs経営を支える要素はいくつか存在します。その一つが「イノベーション」です。今、デジタルテクノロジーの指数関数的な発展により、世界は第4次産業革命を迎えつつあります。これによってSDGsの開発目標となっている社会課題の数々もきっと解決されていくでしょう。しかし、日本企業の経営者の大半はまだ株主至上主義を脱することができていません。なぜなら、マネタイズできるか分からない新分野への積極的な投資をためらうからです。
私が専門とするライフサイエンス分野では、ヘルスデータの活用が世界的に進んでいます。いずれはスマホの収集データを基に、数カ月後に罹患しそうな病気を予測してくれるといったサービスも出てくるはず。しかし、日本企業はこの分野でもイノベーションを起こせていません。データ活用やAI開発はアメリカや中国が圧倒的に進んでいます。二つの大国に追いつくためには、行政や民間企業がAIやオープンデータへの投資を加速させることが急務です。
加えて、日本企業がイノベーションを起こすには、組織の構造改革も欠かせません。社内にイノベーティブな人材が一人いるだけでは、革新的なビジネスモデルを世の中へ展開することはできません。また、新しい事業に投資するための意思決定者が増えれば増えるほど、誰かの「もうからないから投資はやめよう」という一言で挑戦が断たれてしまうもの。ですから、イノベーティブな発想を持つ人材と、新しいアイデアを実際のビジネスに落とし込むことができる意思決定者が協力し合えるような組織体制を整えることが重要です。そうして初めて、イノベーションが生まれるのです。
ビジネス課題の解決策を生み出す手法の一つである「デザイン思考」では、「山ほどのゴミのようなアイデアの中から、イノベーションが生まれる」と言われています。検討初期から幅広いアイデアが出てくる組織をつくるには、新しい視点からアイデアを出せる人材を積極的に採用して、組織を多様化する必要がある。そこで企業はグローバル人材や、多様な価値観を持つ人材を求めるようになりました。これは学生にとっても、自分らしさを生かして働けるチャンスと言えるでしょう。
まとめると、企業が解決すべき課題はSDGsでうたわれる内容によって可視化されてきていて、課題解決を実現するにはデジタルテクノロジーを活用すればいいことも分かっている。しかし事業を収益化していくためのイノベーションの創出と、それを担保しうる組織構造をまだ現実的に捉えられていない日本企業が多いのが現状です。こうしたキーファクターをすべてつなぎあわせて実現可能な一枚絵として示し、経営者の意識改革や組織の変革を促しながら、ビジネスの前進を後方支援する。それが、DTCをはじめ、われわれコンサルティングファームに今後求められる役割です。
思い返すと、時代の変遷とともにコンサルティングファームの役割は様変わりしました。私が入社した約20年前は、コンサルタントとクライアントは先生と生徒のような関係でしたが、今はシェルパ(登山ガイド)と登山者のような間柄。同じリスクを共有して一緒に山を登る、いわば運命共同体です。先が見えない世の中なので、クライアントはより目に見える成果を求めます。紙の上で戦略を描くだけではなく、実現のためのロードマップと役割分担まで示して協働し、結果を見届けるまでがコンサルタントの仕事です。また、スピーディーに変化するビジネスに対応するため、われわれ自身もデジタルテクノロジーを駆使し、チームワークでプロジェクトに取り組むなど、組織変革を進めています。
先ほど、今後の企業経営においては「量的な成功だけでなく、質的な成功がよりいっそう重視される」とお伝えしましたが、従業員の明日の生活が守れないのであれば、単なるきれい事で終わってしまいます。ですから、新しい成功の定義を掲げつつも、日々の経済的な成長も同時に見せていくことで、改革の方向性の正しさをクライアントに理解してもらうことが欠かせません。
「量」と「質」は、ゼロか100かで語れるものではありません。バランスを取るのは難しく、コンサルティングでも苦労するところではありますが、われわれは理想の社会の将来像を描く企業や経営者の方にこの先10年、20年と伴走していきたいと思っていますし、それが持続可能な日本の社会を形づくる一助になると考えています。
夢を抱き、臆せず発信せよ
2025年の先を担う若手への期待
われわれDTCが未来の日本社会を輝かしいものにするために、若手の皆さんに期待することは、大きく二つあります。一つは、夢を見てほしいということ。「世の中とはこういうものだ」と現状を受け入れ悲観するのではなく、「世の中はもっとこうあるべきだ」「こう変われるはず」と理想や夢を抱くことが世の中を変えるきっかけになります。その前提として必要なのは「利他の心」を持つこと。世のため人のためを思って夢を描けるかどうか。イノベーションはチームで起こすものですから、他人のために動けない人が成功するのは難しいでしょう。
二つ目は、リーダーシップを備えていることです。自分のポジションを明確にして、相手に自分の考えを伝える。すると賛同する人がその人をリーダーだと思って付いてきます。自分の意思を表明する力は、「発信力」と言い換えることもできます。多くの新入社員は上司と話す時、「まずは上司の意見を聞いて立ち位置を決めよう」とか「変な発言をしてバカだと思われたくない」と考えがち。しかしそれでは、イノベーションの原石が外に出てきません。ですから、どんなアイデアでも臆せず人に伝える勇気を持ってほしい。経験ゼロの新入社員の発言がここまで重宝される時代は、これまでにありません。そういう意味では皆さんは最高のタイミングで社会に出ると言えますし、大きなチャンスをつかむ機会に恵まれていると思います。また、長く働き続けていくためには、仕事にやりがいを感じることも大事です。そのためには、志望する会社の経営者が何を志しているか、そしてそれに共感できるか事前に確認することをおすすめしたいですね。会社が掲げる大義、つまり企業理念や経営理念の部分にズレがなければ、入社後にどんな業務に就いたとしても充実感を得られるはずです。
いざ、就職活動が始まると目の前のことに集中しなくてはならず、余裕がなくなります。できればその前に、少し目線を上げて遠くまで見渡すことが大事。2~3年後に自分が身を浸していくであろう社会や企業の情報を、ぜひ積極的に知ろうとする姿勢を持ってみてください。
経営者の大義に共感できるか?企業の数年後を探りに行こう
今重視されている「経営のキーファクター」
SDGs
地球上の誰一人取り残さず、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17の目標と169の具体目標で構成される
人口減少やエネルギー資源などの課題が生まれる中、利益追求を超えた社会貢献への重要度が増している
イノベーション
革新的な取り組みによって人々の生活様式に変革をもたらしたり、市場に新たな価値を生み出したりすること
社会課題の解決をビジネスとして成立させるためには、既成概念を超えた革新的なアイデア・仕組みが必須
テクノロジー
産業を支える科学技術全般で、昨今は特にデジタル技術を指す。国もビッグデータやAIの活用を推進している
AIやデータなどの活用はイノベーション実現の原動力となると同時に、業務の自動化や効率化を可能に
ダイバーシティ
スキルやキャリア、属性にとらわれず幅広い人材を採用すること。LGBT、グローバル人材の登用が進む
複雑化する顧客ニーズを捉えたイノベーション創出には、さまざまな視点を取り入れた発想が不可欠