IoTにAI、ブロックチェーンにロボティクスと、デジタル社会の急速な進展により次々と新たなテクノロジーが登場する中、未来を予測するキーワードとして注目を集めている概念がある。それが「エクスポネンシャル」だ。
デロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)には、まさにその名を冠した『デロイト エクスポネンシャル』というイニシアチブがある。果たしてこの言葉は何を意味し、社会やビジネスをどのように変えていくのか。DTC副社長の川原均氏に、エクスポネンシャルを含む3つのキーワードから解説してもらった。
エクスポネンシャル(Exponential)は、直訳すると「指数関数的」という意味だ。指数関数をグラフにすると、ある地点から急速な上昇カーブを描くことが知られている。そこから、「物事が飛躍的に発展する」という概念を表す言葉として使われるようになった。
このキーワードが世界中で注目を集めているのは、デジタルテクノロジーの進化により、世の中のあらゆる分野で“エクスポネンシャルな変化”が起こっているからだ。
「デジタルテクノロジーがもたらしたものは、2つあります。その一つは、『スケーラビリティー/スピード/プライスレス』。デジタルだからコピーすれば規模の拡大が容易であり、ネットワークにより高速で転送できる。しかも、それに伴ってコストがどんどん下がり、ゼロに近づいていきます。
例えば、マイクロプロセッサの処理速度はこの30年で指数関数的に上昇しましたが、その一方で処理コストは指数関数的に下落しました。これまでは、利便性や機能が向上すればコストも上昇するのが常識だったのに、逆にコストが急速に下がっていく。これは人類の歴史上、一度もなかったことです」
現在起こっている変化の特異性を、こう解説する川原氏。そして、デジタルテクノロジーがもたらした2つ目が、「ニュービジネス・レジーム」だと話す。
「コストをかけず、スピーディーに規模の拡大が実現できるようになったことで、新しいビジネスをグローバルで展開しやすい仕組みが生まれ、思いがけない競合が市場に参入するケースも急増しました。AppleやGoogleが自動車開発に乗り出したのは、象徴的な事例です」
この2つが私たち人間社会に持ち込まれたことで、これから何が起こるのか。それは「人類がかつて経験したことがない社会変革」であると川原氏は断言する。
少し前に「シンギュラリティー」という言葉が話題になったのを知っている人も多いだろう。これは、「人工知能が人間の知性を超えることにより、人間の生活に大きな変化が起こる」という概念のこと。
この言葉を世界中に広めたのがAIの世界的権威であるレイ・カーツワイル博士だ。そして、博士が提唱している未来のビジョンが「Be Exponential」。エクスポネンシャルに変化する最先端のテクノロジーを活用し、地球上に暮らす全ての人々に影響を与える重大な課題を解決し、より豊かな未来を構築すること。それが、このビジョンに込められたメッセージだ。
「我々が2016年10月にデロイト エクスポネンシャルを設立したのも、まさにこのビジョンを実現するためと言っていい。クライアント企業が自ら新たな市場を創造し、指数関数的な成長を実現するためのお手伝いをするのが、このイニシアチブのミッションです。
デロイト エクスポネンシャルの特徴は、従来のコンサルティング部門でデジタル・トランスフォーメーションを専門とするチームと、社会的課題の解決を通じて新たな市場や成長機会を創出するソーシャル・インパクトのチームのメンバーが集まっている点です。
ニュービジネス・レジームの時代には、テクノロジーの支援をするだけではクライアントのビジネスは前に進まない。これまでにない市場やジャンルを創出するのだから、ルール形成や制度設計も一からやらなくてはいけません。クライアントのエクスポネンシャルな成長を実現するには、その両方を支援できるコンサルティングファームが必要なのです」
デロイト エクスポネンシャルが設立されてからまだ1年半だが、既に多数の企業からコンサルティング案件の依頼が殺到している。特に、AIを活用したビジネス・トランスフォーメーションが加速度的に進んでいる。
例えば、アパレル・小売業における“値下げセール”。長年にわたり経験や勘、センスなどの属人的なプロセスで判断される傾向が強かった値下げ幅、タイミング、頻度などを、機械学習の活用によって最適化するソリューションなどもDTCは提供している。
また、中でも多いのが、「RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を活用したい」という案件だという。ただし、この依頼に対するソリューションは、「業務をどんどんロボットにやらせて効率化すればOK」という単純なものではない。
人間の仕事がロボットやAIに置き換わったとき、どうやって「エンプロイー・エクスペリエンス」を向上するかという重要な課題があるからだ。これは「従業員が企業や組織の中で体験する価値」を意味し、日本企業がこれから働き方改革を進める上で重要なテーマになる。
「現在RPAへの置き換えが進んでいるのはマニュアル的な定型業務が中心ですが、今後AIや機械学習の導入が進めば、非定型業務まで置き換えの範囲が広がる可能性は十分あります。
すると、RPAを導入した後、これまでその業務を担当していた人たちが新しい仕事にシフトし、効率的かつ健全に職務を全うできる環境作りが必要になる。それを支援するため、昨年9月に提供を開始したのが、企業の健康経営を促進するアプリケーション『WellMe』です」
新しい仕事に就けば、業務内容だけでなく、上司や同僚も変わるし、目指すゴールやミッションも変わる。場合によっては非常にストレスフルな状況に置かれ、社員のモチベーションが低下したり、体調を崩したりする可能性もある。そうなれば、せっかくRPAの導入で業務を効率化しても、会社全体の生産性を上げることにつながらない。
「そんなとき、このアプリを活用すれば、従業員のモチベーション指数やストレス改善度、一定以上の残業時間などが把握できるので、経営者や管理職はチェンジマネジメントの進捗を把握するとともに、的確な支援をきめ細かく提供することが可能になる。
こうしたチェンジマネジメントは我々コンサルタントが元来得意とする領域です。ツールを導入して終わりではなく、そこまでしなければ本当の意味でクライアント企業がエクスポネンシャルな変化を実現するお手伝いはできないと私たちは考えています」
市場や企業がエクスポネンシャルな成長を遂げるには、もう一つ不可欠なことがある。それが、「ビジネス・エコシステム」だ。これは、業界や業種、組織の垣根を越えて連携を深め、それぞれの強みやリソースを活かしながら、新しいビジネスや価値を創出するための仕組みだ。
「クライアント企業にとって最善のソリューションを提供しようとしたとき、DTCだけで全てを解決できるわけではありません。グローバルな社会課題の解決も視野に入れた巨大イノベーションを可能にするには、国内外や官民を問わず、あらゆるビジネスパートナーとの連携が必要です」
例えば、昨年8月にデロイト エクスポネンシャルがリリースした『デジタル・サプライ・ネットワーク(DSN)』は、ビジネス・エコシステムの一例だ。
これはデジタル技術を活用することで、従来は非常に手間と時間がかかる作業だったサプライチェーンの構築をクラウド上で低コストかつ短期間に構築でき、また先進技術をいち早く適用することによりタイム・トゥー・マーケット革新を提供するサービスだが、その基幹システムにはAnaplanやSAPのクラウド・プラットフォームを使っている。また、前述の『WellMe』も、セールスフォース・ドットコムのクラウド・プラットフォーム上で提供されている。
「最近メディアでよく聞くブロックチェーンは、現在各省庁やメガバンクなどで活用方法が検討されていて、我々DTCが支援している案件でもあります。
技術的なアドバイスをするのはもちろん、実際の業務でどのように使えるかというトライアルも現場の方たちと一緒に進めますし、必要に応じて他のテクノロジー企業にも協力をいただくこともある。さらには、ルール改正について官公庁にどう働きかければいいかをクライアントへアドバイスもします。
こうして多数のプレーヤーをつなげ、新たなビジネス・エコシステムの創出を主導することは、コンサルティングファームとしてあらゆる業界や業務領域で知見と実績を積んできたDTCだからこそ可能だと考えています」
これらの事例から分かるのは、顧客企業だけでなく、DTC自らもコンサルティングファームとしてのビジネス変革を成し遂げているということだ。その背景には、デジタルテクノロジーがコンサルティング業界全体にもたらした“リスク”と“チャンス”がある。
「デジタルを活用すれば企業は簡単にトライアルできるので、『わざわざコンサルタントに戦略のアドバイスをもらわなくてもいい』と考えるクライアントも出てくるかもしれない。これは、存在価値喪失のリスクです。
ただ、ビジネスはそれほど単純なものではありません。先ほどの事例のように、『RPAを導入すれば効率が上がる』というところまでは誰もが考えつきますが、機械に置き換えられた業務を担当していた人材リソースを次にどう再配分し、どのように活用するのかまで設計しなければ、企業の変革は実現できない。そこに、我々のチャンスがあります。
あらゆる知見やノウハウを駆使し、ビジネス全体の構造を理解して適切な解を導き出すことに関しては、DTCのようなコンサルティングファームに一日の長があると自負しています」
では、そんな変革の時代に活躍できるコンサルタントになるには、どんな資質や能力が求められるのだろうか。
「コンサルタントのコアスキルである知的好奇心と論理的思考力に加え、今後さらに必要になるのが、異文化や多様性を理解し受容する『グローバルマインドセット』、テクノロジーの本質を自分の力で追い求めようとする『デジタルへの探究心』、新しい価値観や自分とは異なるものを受け入れる『インクルージョン』の3つ。
当社のサイバーセキュリティー部門には20代のDTC最年少マネジャーがいますが、彼は学歴とは異なる才能形成を図りました。10代の頃、テクノロジーについて独自に学び、海外に飛び出して一流のホワイトハッカー集団と交流し、グローバルなものの見方や多様な意見を受け入れる懐の広さを身に付けてきた。彼のような人材は、まさに先に述べた3つの要件を兼ね備えているといえます」
リスクもチャンスもある今だからこそ、そこに飛び込む面白さや醍醐味もある。川原氏は、カーツワイル博士のこんな言葉を紹介してくれた。
“我々は21世紀に、100年分のテクノロジーの進歩を体験するのではない。約2万年の進歩を遂げるのだ”
「これから起きるのは、それくらい大きな構造変化だということ。そして、その変化を牽引するフロントランナーである企業と共に、次の時代を作っていけるのがコンサルタントの醍醐味です。“自分の力で未来を作りたい”という気概のある人にとって、これほどやりがいのある仕事はありませんよ」
取材・文/塚田有香 撮影/吉永和久