ビジネス環境が目まぐるしく変わり行く、変化の時代。そう言われる今、日本のビジネスも大きな転換期を迎えつつある。さまざまな業界、企業で一体どんな変化が起きているのか?
数々の企業変革を支えてきたデロイト トーマツ コンサルティング(以下、DTC)で執行役員を務める佐瀬真人氏。同氏が手掛けるコンサルティング案件を元に、日本のこれからの産業界に大きなインパクトをもたらすであろう、最先端の業界動向とその取り組みを、3つのキーワードを切り口に解説してもらった。
「100年先に続くバリューを、日本から。」というスローガンのもと、持続可能な社会の創造とその発展に貢献していくことをミッションとして掲げるDTC。クライアントが直面するあらゆる課題に応えるため、その組織は時代とともに進化を遂げてきた。
現在は、業界・業種ごとの専門的知識とプロジェクト経験を持つ「インダストリーサービス」と、組織や機能、目的に対応して特有の課題を解決する「コンピテンシーサービス」という2つの軸で組織が編成され、顧客が抱える課題に応じて各領域のスペシャリストがチームを組むというアプローチをしている。
前者については「コンシューマービジネス」「製造」「金融」「資源エネルギー」など、後者については「ストラテジー」「ヒューマンキャピタル」「M&A」「テクノロジー」など、20超の多様なセクターで構成されている。これだけ幅広いサービスラインを持つ理由を、佐瀬氏はこう話す。
「それを説明するには、まず日本企業が現在直面している課題について理解していただく必要があります。キーワードは、『トランスフォーメーション(変革)』です。
既存の事業にデジタルを取り入れてビジネスモデルを変革する、あるいは業態そのものを変革して新たなビジネスモデルを生み出す。ほとんどの日本企業は、このいずれかのトランスフォーメーションを迫られています。
例えば保険業界では、ネット保険の登場により、従来のように人や代理店を通じて商品を売る形から、デジタルの力を活用して顧客との接点を作り出す形へとビジネスモデルをシフトしました。さらに自動車保険について見てみると、今後カーシェアリングや自動運転が普及すれば、マイカーを持つ人や事故の割合も減っていくので、今のままでは保険会社の収益も低下していく。
よってこの変化に対応するには、保険業界の業態そのものをトランスフォーメーションしなくてはいけない。これが日本の多くの会社が置かれている現状です」
こうした課題を解決しようとする時、DTCが持つフルラインナップのサービスが大きな強みを発揮する。企業がトランスフォーメーションを起こし、ビジネスで安定的な成果を出せるところまで実行するには、戦略から組織変革、オペレーション変革、人事組織、テクノロジーまで、幅広い専門家が必要になるからだ。
さらに、業態そのもののトランスフォーメーションが進み、業界や業種を越えた融合や協業が増えてくれば、他のインダストリーの知見を持った専門家も必要になる。
「幅広いサービスラインを持つDTCなら、どの領域や業界・業種でも、高い専門性を持つコンサルタントがサービスを提供できます。先ほどの自動車保険の事例でも、我々なら自動車と保険をそれぞれ知り尽くしたエキスパートがいますから、保険会社から『自動車のことを知りたい』、あるいは自動車メーカーから『保険のことを知りたい』と要望があれば、その両方に高いレベルで応えられる。
現在はお客さまが抱える課題が複雑化しているので、そのニーズに応えるには、我々コンサルティングファームがあらゆる分野をカバーできることが非常に重要だと考えています」
こうした話を聞くと、今まさに日本の産業界全体が大きな転換点を迎えていることが実感できる。特に今までこの国の経済を牽引してきた自動車産業をはじめとする製造業の未来がどうなるかは気になるところだ。
自身も製造業を専門領域とする佐瀬氏は、その未来を見通すキーワードとして「MaaS(Mobility as a Service)」 を挙げる。
「これは要するに、『モビリティーのサービス化』です。今の自動車業界は、従来のように完成車を売って稼ぐ“売り切り型”から、先ほど話に出たカーシェアリングのような“サービス業”へのトランスフォーメーションが求められている。
このサービス化の流れは、自動車業界だけでなく、すべての製造業で起こっています。航空機エンジンなどのものづくりで発展してきたアメリカのGEが、2015年にGEデジタルというサービス型の新組織を立ち上げたのは象徴的な例です。
従来は航空会社にエンジンを売って稼いでいたのが、この新組織ではIoTの技術を駆使して自社のエンジンの状況をリアルタイムで解析し、『このフライトが終わったら、部品の交換をしてください』といったアドバイスをサービスとして提供することで収益を上げている。今後は世界中で『製造業からサービス業へ』の流れが加速するのは間違いありません」
もちろん日本の自動車業界も、サービス化の流れに対応することが必須となる。その背景にあるのは、将来の自動車販売台数が頭打ちになるという予測だ。将来的には車の2台に1台がシェアされ、グローバルの販売台数も減少に転じて、「2030年には、自動車メーカーの収益は半減すると我々は見ている」と佐瀬氏は指摘する。
その一方で、「自動車を利用した新たなサービスや用途を生み出すことができれば、約40兆円規模の市場を生み出せる」とも話す。
「これだけ大きな産業が創出できれば、たとえ完成車の販売台数が減ったとしても、それを補って余りある収益を生むことが可能になる。それを支援していくのが、我々コンサルタントの使命です。
今の日本の輸出産業を支えているのは自動車であり、裾野が広いのもこの産業の特徴。現在は電子部品や半導体、ソフトウエアなども車に搭載されるので、自動車産業を強くすることは日本の製造業の母体を支え、競争力を高めることにもつながる。
日本の自動車業界がグローバルで勝ち続けられるようサポートすることは、私たちにとっても価値ある仕事だと考えています」
このように、業界全体のトランスフォーメーションが急務となる一方、自動車産業は全く別の課題にも直面している。それは、CO2排出による地球温暖化や交通事故・渋滞といった問題だ。これは個別の企業が抱える課題というより、社会全体が直面する課題と言える。
そこでDTCでは、社会課題の解決を通じて世の中の枠組みを変え、新たな事業ニーズや成長機会を創出していく「社会アジェンダ」と呼ばれる案件に積極的に取り組んでいる。その一つが「水素社会」の構築だ。
「日本の自動車メーカーは、世界でもいち早く燃料電池自動車の開発を進めてきました。ただし燃料電池自動車を普及させるには、燃料となる水素を安定供給するための水素ステーションが必要となるし、水素の価格を下げるには自動車以外の需要を創出することも不可欠。
そのためには、エネルギー関連企業や産業用機械のメーカーなども巻き込まなくてはいけません。さらには、政府や省庁に働きかけて規制緩和を促すといったアプローチも欠かせない。
そこで水素社会の実現という大義のもと、DTCが媒介となって官民含めた多様なプレイヤーで構成されるコンソーシアムを結成し、より良い社会の実現を目指して活動しているところです」
誰もが手軽に燃料電池自動車を利用できるようになれば、自動車産業にとっては新たな収益源の創出という大きなメリットがある。だが、DTCがこの社会アジェンダに取り組む理由はそれだけではない。
「水素社会が実現すれば、地球温暖化や排ガスによる大気汚染といった課題の解決につながるのはもちろん、エネルギー輸入国である日本にとっては、安全保障の面でもメリットがあります。
また、水素を使って発電する燃料電池の技術は、世界の中でも日本がトップクラス。その技術力を生かし、他国に先行して水素社会を構築できれば、将来的にはそれをパッケージ化して輸出商材として海外に売ることもできる。
より良い地球環境や市民生活が実現し、国家のセキュリティにも貢献できて、さらには日本の新たな産業も創出できる。これは非常に意義のある取り組みだと考えています」
実はこうした社会アジェンダへの取り組みは、コンサルティングファームにとってデメリットもある。個別の企業をクライアントとする案件ではないため、自社がすぐに利益を上げられるわけではない点だ。
それでもDTCが社会アジェンダに力を入れるのは、中長期的に見ればそのデメリットをはるかに超えるメリットがあると考えているからだ。
「たとえ短期的にはビジネスにならなくても、社会的に意義ある取り組みを続けていれば、『DTCは社会を変える力がある』と評価され、クライアントから選んでいただく理由になる。
実際に水素の領域では、現在日本で動いている関連案件の多くはDTCが手掛けています。『水素といえばDTC』というポジションを取れたことは、結果的に我々のビジネスにも成功をもたらしているのです」
社会アジェンダへの取り組みが拡大するのに伴い、コンサルタントに求められるものも変化している。
「ひと昔前はクライアント自身が経営課題を見いだし、コンサルタントはそれを解決するのが仕事でした。しかし今は、先行き不透明な時代。どの経営者も将来自分たちの業界がどうなるかを見通せずに悩んでいます。だからこそ、コンサルタント自らが課題を発見し、問いを立てる力が求められる。
そのためには、前提として『社会はこうあるべきだ』『この産業や業界はこのような価値を創出すべきだ』といった“強い思い”がなくてはいけません。社会や業界のあるべき姿を自分なりの視点で描くことが、未来を見通す力につながっていくはずです」
取材・文/塚田有香 撮影/柴田ひろあき