2023/11/01 更新
旭化成

日々の業務から経営的な視点を養い
経営者と現場との橋渡し役が担える

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企画系専門職 経営企画
ライフイノベーション事業本部
企画管理部 企画室
課長代理
佐々木 大輝

一橋大学経済学部を卒業し、2013年に入社。入社後は耐震補強工事などに使われる建築用接着剤の営業として北海道から九州までのエリアを担当。その後、爆薬のエネルギーを利用して金属板を瞬時に圧着した鋼板(BAクラッド)の営業を担当。プラント建設や造船などを担う国内外の企業へ提案を行う。20年に企画室へ異動

現在の仕事内容は?
入社11年目の現在は、サランラップをはじめ幅広い製品を扱うライフイノベーション事業本部に在籍しています。私の仕事を一言で表すのであれば、経営層と現場の橋渡し役が適切でしょう。部内にある11の事業部について、事業部ごとの戦略を理解し、今後どのような事業運営を行っていくのかを決めています。どれだけの投資を行うのか、その事業にかける固定費や人員数、販売や製造の方法はどうするのか。こうしたことをさまざまな立場の方と話し合いながら考えます。他にも、中期経営計画の策定、プロジェクトの事業化推進などの経営支援業務に加えて、イベント企画、システム導入、職場環境の整備など、業務は多岐にわたります。
この仕事を選んだ理由は?
より広い視野で会社全体を知りたいと思ったことが理由です。入社後は、耐震補強工事に使われる建築用接着剤や、プラントや船に使用される特殊な鋼板の営業を担当していました。国内外のお客さまとのやりとりは学びも多く、仕事自体はとても楽しかったのですが、入社6年が過ぎる頃にふと気付いたのです。このまま専門性を研ぎ澄ましていくべきなのか、と。せっかく事業領域の広い会社に入社したからには多方面に学びを深めたいと考えていたところに、異動の声がかかりました。企画室に配属されてからは、まさに勉強の連続。今では財務諸表の分析、契約の原案作成やマーケティング理論の実践ができるなど、営業時代とは違うスキルが身に付きました。その一方で、営業時代に学んだ人間関係を構築するスキルも必要不可欠。経営企画の仕事は一人では成し得ません。社内の多くの人とリレーションを築くことに営業経験が役立っています。
仕事のやりがいは?
一番のやりがいは、あらゆる角度から会社経営を勉強できるところです。経営企画の業務を通じて、日々新たな知識を吸収できます。また、年次の若い社員であっても、経営層と直接対話できることも大きな魅力ですね。自己成長を実感したい、学びの多い環境で活躍したい方にはうってつけの職場です。
仕事の大変なところは?
経営層と現場の意見が必ずしも一致するわけではありません。時には違う方向を向いてしまうこともあります。それぞれの立場から正しいことを言っている。こうした状況でも、両者の折り合いをつけなければならないことが大変です。何よりも大事になるのが対話です。メールで済む話もあえて「face to face」で依頼することを常に心掛けています。
今までで一番印象的だった仕事は?
事業譲渡への関与が、最も印象深い仕事です。2023年7月、旭化成はフォトマスク用ペリクル事業を譲渡しました。プロジェクトが稼働し始めたのは約2年前で、企画室に異動したての頃。業務知識は一切持ち合わせておらず、初めて見聞きすることが目の前に立ちはだかりました。こうした状況の中で、メイン担当として法務・人事・経理・リスク対策を行う部門などの専門家に意見を聞き、社内を巻き込んでいく必要があります。事業価値を算定する調査への対応や、事業に関与する工場で働く社員の転籍方法、土地などの不動産はどうするのか。これらの諸条件を決めるために膨大な資料と格闘し、そしてあらゆる人と対話を重ねた2年間でした。
仕事を通じてどんな成長ができた?
経営的な視点を養えたことです。以前はそもそも経営者がどのようなことを考えて行動しているのか、知る由もありませんでした。経営層と一緒に仕事をするようになって気が付いたのは、常に事業の今後を考えていること。普段から経営者の熱量や思いをダイレクトに感じながら、その視点を学ぶことで、大きく成長できていると感じています。
今後の目標は?
旭化成のミッションである「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献」の達成に向け、経営企画の立場ですべきことに取り組みたいです。既存事業の拡張のみならず未知なる分野へ挑むことで、新たな事業の柱をつくっていきます。こうした挑戦の姿勢は旭化成社員に備わるDNAと言えるでしょう。
自分らしく働ける仕事はどう選ぶ?
素で働ける場所を見つけてください。私は、就職浪人を経験しました。原因は素の自分では採用されないと思い、取り繕うことばかり考えていたから。仮に入社できたとしても、後で苦労していたはずです。何に興味があるのかを見つめ直し、自分をさらけ出せる場所を探すこと。それができたからこそ、私は11年目の今でも旭化成で働いているのです。