テクノロジーの目覚ましい進化やグローバル化、そしてサステナビリティへの注目。そうした社会の変化に伴い、今、M&A(企業の合併・買収)の領域も変わりつつある。
そんな中、「ディールの先の価値創造」を掲げ、国内外の広いネットワークを活用しながらディールアドバイザリーを行っているのが、PwCアドバイザリー合同会社(以下、PwCアドバイザリー)だ。
長年M&Aや事業再生に携わってきた同社パートナーの二人に、どのような変化が起きているのか、その渦中でプロジェクトをリードする醍醐味とは何なのか、話を聞いた。
◆ディールとは?
狭義では複数の企業間での事業を取引するM&A(買収または経営統合等の組織再編)、広義ではM&Aを活用した事業再生、撤退、または官民連携PPP/PFI含む企業、事業のトランスフォーメーションのこと。ディールは、M&Aの取引を始める前のM&A戦略検討から、取引成立後の企業、事業の統合、再編による価値を実現するところまでを指す。
――ここ数年、日本経済においてディールの重要性はどのように変化しているのでしょうか?
金澤:PwCアドバイザリーは、主にM&A、事業再生、社会インフラの三つの領域でディールアドバイザリーを行っています。
従来、M&Aは投資銀行がクローズドに行う特殊なもので、企業はキャッシュのリターンを求めていました。「いかに安く買って、いかに高く売るか」というイメージが強かったと思います。
一方で、今のM&Aには「スピーディーな変化への対応」という意味合いが強く含まれています。
――「スピーディーな変化への対応」ですか?
金澤:今は日本に限らず、世界全体が大きく変化しています。「ネットゼロ」や「カーボンニュートラル」といったワードを耳にする機会は学生の皆さんもあると思いますが、これらは世界の流れとして生じており、日本企業も対応を迫られています。
業界ごとに見ても、例えば自動車業界では電気自動車の製造が主流になりつつあるなど、ドラスチックな改革の渦中にある。こういった動きが次々と、速いスピードであらゆる業界で起きています。
そうした状況に対し、いかに対応する、もしくは仕掛けていくのか。そんな発想が求められる中、スピーディーな変化を実現するためにM&Aのニーズがますます高まっているのです。
齋藤:現代社会には、多岐にわたる経営課題があります。やらなければいけないことに対し、経営者はどこから手をつけたらいいのか、と悩むわけです。
複雑かつどんどん変化していく世の中の動きに、自社だけで全て対応するのは難しくなってきていると言えるでしょう。
齋藤:実際、この2~3年で経営者のマインドは変わりつつあります。特に伝統的な企業の中には「M&Aは当社に関係ない」とおっしゃる経営者の方も多かったのですが、最近では経営者側から「アライアンス(業務提携)は待ったなし」といった声が上がるようになりました。
金澤:従来の延長線上のままビジネスを進めていけば安定的に事業が伸びるような時代ではないからこそ、思い切った一手が必要です。それによって失敗する可能性もゼロではありませんが、変化を恐れて何もしないこと自体が最大のリスクになる可能性も高いわけです。
――具体例があれば教えてください。
金澤:日本の産業の柱である、自動車業界を例にとってみましょう。従来の自動車業界は、完成車メーカーを頂点に、部品のサプライヤーが連なる製造業のピラミッド構造でした。
ところが、これからはもっと広く、モビリティーサービス全体の中で「自動車業界はどうあるべきか」を考える必要が生じています。
完成車メーカーはただ車を作るだけではなく、カーシェアリングなど「移動手段、モノを運ぶ手段として、社会インフラの中でどのような付加価値を提供していくか」まで考え始めています。
電気自動車が主流になれば、バッテリーをチャージする場所の整備など、インフラも含めて設計をする必要があります。スマートシティーにどういう座組みで入っていくかなど、社会の変化を捉えることも重要です。
そうやって描いた絵を実現するには、他社との共同の出資、Digitalや新しいテクノロジーの取り込みなどM&A、アライアンスが不可欠です。
このように、業界内での再編に限らず、もっと大きな「社会インフラの中でどう活用してもらうのか」という相談事が最近は増えています。
――企業は自社のサービスを発展させるだけでなく、社会全体の動きを捉えた上で、複合的にサービスを展開していく必要があるのですね。ディールを行う難易度も増していきそうです。
金澤:複雑になっているのは間違いありません。単純に企業や事業を売り買いするだけの話ではなく、アライアンスも一対一とは限らない。ディールアドバイザリーもまた、財務面のみならず、業界の流れやトレンドを踏まえた戦略を描くことが求められます。
そのような背景から、企業にとってのM&Aの位置付けは変わりつつあり、当社も「ディールの先の価値創造」を掲げているのです。一昔前であれば統合したら終了でしたが、むしろ今はそこからが勝負ですね。
――「変化を生み出し、その変化を加速させるためのディール」であるからこそ、「ディールの先の価値創造」が求められるのですね。
金澤:おっしゃる通りです。当社の軸はM&Aや事業再生ですが、実際にプロジェクトを進める際はPwC Japanグループ(以下、PwC Japan)が持つケイパビリティ(全体の組織的な能力)を用いて、「戦略×財務×M&A・事業再生」の三つの掛け算で企業を支援し、ディールの先の価値創造を生み出そうとしています。
戦略コンサルティングや投資銀行といった単体での支援と異なり、PwC Japanの総合力を生かし、掛け算での支援を行えるのが、PwCアドバイザリーの特徴であり強みですね。
――具体的にはどのような連携をするのでしょうか?
金澤:まずはM&A・戦略コンサルタントがディールの内容に応じて「どういうメンバーでスクラムを組むか」を考え、会計監査・税務・法務の専門家をはじめ、人事やIT、サプライチェーンなどの各領域のコンサルタント、ケースによってはフォレンジックと呼ばれる企業調査の専門家など、必要なメンバーをPwC Japanから集めます。
これを私たちは「ディールズプラットフォーム」と呼んでいますが、この中でM&A・戦略コンサルタントはディールの専門家として、ディール全体をリードします。ラグビーでいうところのナンバーエイト(※)を務めるイメージでしょうか。
(※)スクラムの最後尾に位置する、フォワードのリーダー。オールラウンドな選手が務めることが多く、攻守にわたってチームの中心となるため、運動量と的確な判断力が求められる
齋藤:オーケストラの指揮者に例えることもありますね。指揮者は実際に演奏をすることはないけれど、楽譜を見て、演奏者にどういう音色を出してもらうのかを考える。
そうやって演奏のバランスを取る指揮者のように、M&A・戦略コンサルタントはリサーチから戦略を考え、全体をリードし、最終的に実行するまでのお手伝いをしています。そこまで踏み込んだサポートができるのは、私たちの仕事の魅力だと思いますね。
――M&A・戦略コンサルタントとして、ディールズプラットフォームをリードする面白さは何でしょう?
金澤:M&A・戦略コンサルタントは、クライアントである経営者から相談を直接受けて、それを解決する道筋を密に連携しながら決めていきます。責任は非常に重く、緊張感もありますが、それこそが醍醐味だと思います。
齋藤:私は15年ほど事業再生に携わっていますが、ほとんどのクライアントにとって、会社が倒産するかもしれない事態に直面するのは一生に一度あるかどうかだと思います。私たちにお声掛けいただくときは、「試しにコンサルタントに相談してみよう」ではなく、わらにもすがるような思いでご相談をいただくことがほとんどです。
つまり、毎回のプロジェクトが「企業の将来をかけた真剣勝負」なのです。そこに立ち会えるのは本当に貴重な経験です。このプロジェクトが失敗したら、この会社も、そこで働く人たちもいなくなってしまうようなシチュエーションだからこそ、「この仕事が何の役に立つのか」といった疑問を持つようなことは一切ありません。
常に自分の仕事に誇りを持って取り組めていますし、モチベーションも高い状態ですね。
――学生は入社後、どのような成長やスキルが得られると思いますか?
齋藤:一連のM&Aに関する専門知見が身に付くのはもちろん、業界や時代に限定されない、社会的な要請に対応するスキルが得られます。
時代によって業界の状況や社会情勢は異なりますが、M&Aや事業再生のノウハウ自体は普遍的なものですから。
――ビジネスの根幹に向き合い、普遍的なスキルが身に付くという意味では、自身が経営者になるという選択肢もあるように思います。お二人がM&Aや事業再編の仕事を長年続けている理由は何でしょうか。
齋藤:そもそもの志向性として、「自分がやりたいのか」「誰かがやろうとしていることをサポートしたいのか」の大きく二つがあると思います。私は確実に後者で、事業再生は自分の価値観に非常にフィットしています。
その根底にあるのは、「困っている人を助けたい」という根源的な思いです。長く仕事をしてきた中で、それがなければ頑張れないとも思います。
金澤:私は20年M&Aに携わっていますが、同じことをやっている感覚はありません。
クライアントの期待も社会情勢も常に変わる中、私たちはその動きについていくどころか、先を行かなければいけない。ずっと刺激があり、それが長く続けている大きな理由だと思いますね。
齋藤:一般的なコンサルの場合はソリューションを磨き、横展開することでビジネスができますが、私たちの仕事はプロジェクトの全てが常に初体験のような新たなチャレンジを求められることが多いです。
新しい案件に入ったら、また一から勉強しなければいけない。ある意味、毎回未経験からのスタートですよね。謙虚に勉強し続けられることが重要です。
――では、M&A・戦略コンサルタントに向いているのはどのような人だと思いますか?
齋藤:抽象化すれば、多様な課題解決が求められるクライアントのお手伝いをすることに意義を見いだせる人、ですね。
アドバイザーやコンサルタントにはいろいろなタイプがあり、エクセレントカンパニーをさらに伸ばすことにやりがいを感じる人もいれば、うまくいかない企業を立ち直らせることにやりがいを見いだす人もいます。
各タイプを抽象化した時に、自分がどこに向いているのかを考えてみるといいかもしれません。
金澤:典型はないと思いますね。むしろダイバーシティが必要です。
私たちは多様なクライアントの課題を解決しなければいけません。同じ思考を持った人ばかりでは煮詰まってしまいますが、さまざまな経験やバックグラウンドを持つ人が集まれば、多様な角度から考えることができる。
だからこそ、国籍やジェンダー、理系・文系など、バラバラなメンバーでチームアップすることで強くなり、より付加価値のあるアドバイスができます。
その前提で、私はチームで一緒にやっていける人と働きたいですね。当社の特徴はスクラムを組む点にありますから、そのコンセプトに同調し、その中で自分がどういう貢献をしたらいいのかを考える姿勢は求められます。
齋藤:あとは、クライアントに対して当事者意識、オーナーシップを持てることも非常に重要ですよね。
齋藤:私たちはアドバイザーですが、「強烈なオーナーシップを持ったアドバイザー」でなければいけません。本当にクライアントが困っているところに対して、自分事と捉え、ベストなやり方を一緒に考えられる人でなければ成立しない。
なぜならば、評論家になってしまうと、クライアントが聞く耳を持ってくれなくなるからです。経営者は大先輩ですから、相手が自分事と捉えているのか、それとも上から目線でやっているのか、あっという間に見透かされてしまいます。
金澤:事業再生にしてもM&Aにしても、評論するのは簡単です。なぜならば課題は経営者の皆さんも分かっているからです。クライアント側に立ち、同じ目線で考え、「この可能性にかけてみましょう」と議論ができるかは大切ですね。
齋藤:改善すべき点を理解していながら、それでも迷いを抱えている経営者にどれだけ寄り添えるか。私たちは非常に厳しい経営判断をしなければならない経営者が、一歩でも前に進むためのお手伝いをしているわけで、そのアプローチはさまざまです。
ロジカルに説得するのではなく、ただただ経営者の話を聞いて受け止めるなど、時によって感情に寄り添うことも欠かせない。たとえ「これがベストだ」と思って自分たちが提案したものとは違う判断を経営者が最終的に下したとしたとしても、「一歩でも前に進めたならよかった」と思える人の方がM&A・戦略コンサルタントには向いているように思いますね。
――経験豊富な経営者に頼られるコンサルタントになるのは難易度が高い印象です。PwCアドバイザリーでは、どのように「経営者の真のパートナー」となれるM&A・戦略コンサルタントを育成しているのでしょうか?
金澤:入社後は、まずPwCコンサルティング合同会社とPwCビジネスアシュアランス合同会社のメンバーと一緒に行う研修があります。その後、PwCアドバイザリーだけのM&Aや事業再生のスキルにフォーカスした研修があり、その後にローテーションでいろいろなプロジェクトを経験しながら、M&Aの基本を学ぶイメージです。
単一のことだけをやっていると、スキルもマインドも単一になっていくので、当社の中でいろいろなサービスを経験することで柔軟性を広げる狙いがありますね。
また、国をまたぐ意味でのローテーションも行っています。アジアパシフィック共通の研修があり、コロナ禍で今は中止していますが、その中には交換留学プログラムも含まれます。そのようなプログラムの中で海外のPwCのメンバーと関係構築を図ってもらうことも求められます。
齋藤:PwCは世界156カ国にわたるネットワークを持っており、世界中の人とスクラムを組んでいます。クライアントが私たちのこの強みを必要としてくれているという状況下で、その素地を若いスタッフにも作ってもらうことは重要です。
―― 一人前のM&A・戦略コンサルタントになるまでに、どれぐらいの期間が必要でしょう?
齋藤:タイムラインとしては、新卒研修からローテーションまでが1年~1年半あり、その後自分が深掘りしたいプロジェクトに優先的に入る、一連の流れが終わるまでに2~3年かかる感じですね。
金澤:ただ、本当の意味で一人前になることはないと思っています。たとえパートナーであろうと、永遠に成長を追い続けなければいけない。それだけ難しく、奥深い仕事ですから。
齋藤:私たちは社会課題の解決を目指していますので、クライアントの経営課題の解決に貢献しつつ、企業構造、業界再編や産業構造自体の改革といった具体的な成果まで結実させ、日本経済や社会に大きいインパクトを残さなければいけません。
それはノンプロフィットの組織や国際機関ではなかなかできないことです。その分、やりがいが大きいのは間違いありませんね。
>>PwCアドバイザリー合同会社の企業・イベント情報を見る
取材・文/天野夏海 撮影/洞澤 佐智子(CROSSOVER)