就職活動のルール(主にはいつ就職活動を解禁とするか)について、現在もさまざまな議論がされています。経団連は倫理憲章を継続させない方向で議論されていますが、政府や大学は一定のルールが必要として、何らかの形でより徹底できるガイドラインを設けようという動きをしているようです。 そもそも、なぜこうした議論になっているのでしょうか?
倫理憲章は、“就職活動が早期化することによって、学生の本分である学業に悪い影響がでることを避ける”ことを目的としていました。就職活動が早期にはじまると、結果として就職活動が長期化することになってしまうと考えられているからです。確かに現在の就職活動は、学生にとっても企業にとっても非常に負荷が大きく、誰もがこのままではいけないと思っています。私も長く新卒採用を担当しているものとして、現在の就職活動には問題意識をもっています。しかしそれは倫理憲章のような視点ではなく、“現在の就職活動は、職種選びには短すぎて、会社選びには長すぎる”というものです。現在の日本の就職活動では、学部学科を不問とし、特定の職種ではなく総合職として採用することが主流になっています。それは、多くの学生により多様な職種につく可能性を提供するという点で意味はありますが、多種多様な選択肢があることで逆に就職活動をより難しいものにしているとも言えます。大学在学中に、自身のキャリア(どのような仕事に就くか)についてきちんと考える機会がほとんどない日本の大学生にとっては、この短期間で会社と職種の両方を決めるのは至難の業だといえます。それでもその期間で決めなければいけないので、結果として“職選び”を放棄して“会社選び”となってしまっているのではないかと考えています。そしてその“会社選び”による就職は、就職をゴールとしてその後の自身のキャリアを会社に委ねてしまう“就社”の意識をもたらすこととなります。
まだ終身雇用が前提とされていた昭和では、社会的なステイタス、長期安定雇用、平均以上の収入など、大手企業への“就社”には相応の意味がありました。入社した後のキャリアを会社に委ね、人事異動によるローテションで様々な業務につき、その会社のスペシャリストになることで、就社した会社でのキャリアアップを実現していました。企業は成長し続けていましたので、多くの人が一定レベルの管理職につくことができ、相応の報酬を得ることができていました。しかし、終身雇用が絶対的なものではなくなり、就職した企業の存続さえ約束されたものではなくなってきている現在では、自分のキャリアを会社に預けてしまう“就社”は、大きな将来的なリスクを抱えてしまうことになります。
転職にはさまざまな理由があります。新たなチャレンジ、より高い報酬、など自身の前向きな理由で転職することもありますが、一方で本人が望まなくても転職しなくてはならないケースも少なくありません。業績悪化や合併による人員削減、早期退職制度の実施、職場環境があわないことによる過度なストレス、家族の事情などです。そしてその時は突然やってきます。今後の日本は労働力の不足が見込まれるのだから大手企業出身ならどこかに転職はできるであろう、と思われるかもしれませんが、そうはいきません。中途採用は「どこの会社で働いてきたか」、ではなく「何ができるか」、を問われるからです。事実、私は20年以中途採用を担当してきましたが、いままで一度も“○○会社出身の人”という募集はしたことがありません。転職では市場価値が問われます。市場価値とは、労働市場での価値のことです。その労働市場は、自由でオープンで競争原理が働きます。より価値の高い人はよりよいポジションに就くことができますが、価値の低い人は選ぶことができないばかりか、そもそも転職の機会さえ得ることが難しくなります。そしてその傾向は今後さらに強まることが予想されます。そうした状況にあって、自ら労働市場と距離を置く“就社”を選択することは、その会社の中だけで生きていくこと、つまりその会社と一心同体となり運命を共にすることを選択することなのです。就社した人の市場価値は社内だけに限定されているため、社内価値はあっても市場価値はほとんどない、といったことも少なくありません。自分のキャリアを会社に委ねてしまう“就社”は自身でキャリア開発を行うことを放棄し、自身の市場価値を高める努力もせず(むしろ下げている)、将来的に大きなリスクをもつことになるのです。そのリスクを回避するためにも“就社”ではなく、職を通じて自ら市場価値を高める“就職”という意識が重要になってきます。
ところが、就職活動ではいまだにキャリア開発を会社に期待している学生に出会います。いまだに、“会社に育ててもらう”という意識をもつ学生が多いのです。例えば研修制度です。会社の選択基準に“研修制度が充実しているから”ということを挙げる学生は少なくありません。しかし、会社の用意する研修はその会社でしか通用しないものが多く、その人の市場価値を上げるようなものではありません。そもそも会社の研修があろうとなかろうと、キャリア開発は自ら行わなくてはいけないし、常に市場価値を意識して行動する必要があります。また、“自分の可能性を探るために、多くの事業を行っている”ことを会社選びの基準として考えられている方もいるかもしれませんが、それも正しいとはいえません。そもそも事業部門をまたがるような人事異動を頻繁に行っていては、会社の事業効率がさがるので、そうした異動はそれほど頻繁ではありません。たとえ、そうした人事異動が行われたとしても、それはその会社のスペシャリストを育成する(就社を強化する)ために行うのであって、個人の市場価値を高めるために行っているわけではありません。また、一からその事業を学ばなければなりませんので、キャリアも再スタートになってしまいます。このように多くの事業をおこなっているからといって、それが個人のキャリア開発に有効であるとは言えないのです。
どの領域であっても、どのような職種であったとしても、その専門家として一定の市場価値をもつことが、何よりも重要で意味のあることなのです。そしてそれは、会社ではなく自らが積極的に行う必要があることなのです。
一つの会社に勤務し続けることがよくないといっているわけではありません。自分のキャリアは自分で責任をもつことが重要だということをお伝えしたいのです。一つの会社で長く務めるにしても、自分のキャリアを会社に委ねてしまうことが問題なのです。自分自身のキャリアについて考えることは、これからより不安定になるであろう雇用環境においては、攻めと同時に守りでもあるといえます。
就職活動はキャリア開発の重要なスタートです。より多くの皆さんが、会社に自分のキャリアをゆだねる“就社”ではなく、自らの行動で市場価値を高める意識をもつ“就職”が実現できることを期待しています。
大学4年秋に内定していた企業の親会社が社会的問題を起こし内定を辞退。担当教授に卒論を不可にしてもらい、就職留年。卒業後大手日本企業の人事に”不本意ながら”配属されるが、その仕事に魅了され以後一貫して人事のキャリアを歩む。SAPジャパンの採用責任者、メットライフ生命保険の採用部長などを歴任。現在は、採用全般についてのコンサルティングを行っている。日本人材マネジメント協会で採用についてのセッションを担当、LinkedInでいくつかの記事を公開し、”元採用部長”の名でNote にも執筆中。