「邦銀初の女性トップ」などと注目を集めましたが、私自身は肩書に興味はありませんでしたし、戦略的にキャリアを築いてきた方ではありませんでした。新卒で野村證券を選んだ理由は、一つには変化が大きくて面白そうな業界だと感じたこと、そして女性総合職の少なかった時代に、男女の分け隔てなく活躍できそうな会社だと思ったことです。仕事はずっと続けていきたいと思うけれど、先々何が起こるか分からない。早く自分に力を付けて一人前になるために、たくさんチャンスを与えてくれる環境を選びたかった。当時は「まずは3年勝負」と考えて目の前の仕事に必死で打ち込んだので、まさか25年後に自分がグループ企業の社長になっているとは思ってもいませんでした。
女性総合職2期生として入社したので、「プレッシャーも大きかったのでは?」とよく聞かれますが、実はそれほどでもないんです。もともとリスクを取って新しい世界に飛び込んでいくことが好きでしたし、あまりプレッシャーを感じないタイプなのかもしれません。
結局は、自分ができる以上のことはできないのだから、だったら今できることを精一杯頑張ろう。振り返れば、ずっとそうしてきました。時代の影響もあるでしょうが、自分の先々のキャリアを考えるよりも前に、今やるべきことに集中して、期待されている以上の結果を出すことに全力を注いできた。でも、そうやって一つ一つやるべきことを積み重ねていくと、今の仕事の「その先」が見えてきます。自分のやっていることが社会とどうつながって何の役に立っているのかが分かると、また一つ世界が広がり、次の展開につながっていくのです。
何よりも、全力で期待以上の成果を上げていくと、必ずその頑張りを見ていてくれる人がいるものです。長い会社人生の中で、落ち込んだことは何度もありましたが、その度に誰かが手を差し伸べてくれました。
温かく声を掛けてくれる人に恵まれたおかげで、今の自分がある。そしてここからは、私が感謝の想いを周囲の人に仕事で返していく番だと感じています。500人の社員に、チャンスを与えてくれた野村グループに、後に続く女性たちに、広く社会全体に対して。
結局、「働く」ということは、「誰かの役に立つ」ということです。そして、仕事のステージが上がるごとに、「誰か」の範囲が広がります。そんなふうに仕事を通じて感謝の連鎖を広げていくことで、人と人とのつながりが深まり、仕事もより面白いものとなるのではないでしょうか。
社長になってから私が経験した最大のチャレンジは、自分がいかにしてリーダーシップを発揮するのか、ということでした。社長という肩書が付けば誰もがリーダーになるわけではありません。一人でできることには限界があり、どのようにチームとして機能させるかが大切です。
私は社長になるまでエクイティ部門、投資銀行部門、社長秘書などさまざまな部署を渡り歩き、社内的には珍しいキャリアパスを歩んできました。かといって、銀行業務の経験があるわけでもありません。また、支店長のように大きな組織をマネージした経験がなく、20人そこそこの経営企画部長に就くも、1年で職責が変わってしまいました。
そんな私がいきなり500人もの組織の長に就いてしまった。しかも、野村信託銀行はグループの出向者2割、新卒採用2割、多くがキャリア入社という多様性の高い組織です。企業としての使命を明確に示し、その実現に向けて具体的な仕組みを整備し、経歴も価値観も異なる人々のモチベーションを高めながら、全員が同じ方向に進んでいく。それが社長として発揮すべきリーダーシップです。
野村信託銀行だけでなく、野村グループが、社会の中でより意義のある存在になれるように、さらにチームの力を引き出していきたいと思っています。もちろん私にとっては大きなチャレンジですが、やはりプレッシャーとは感じていません。今できることを精一杯頑張るしかありませんし、挑戦しない人生なんて、面白くないでしょう。
私はゴムボートで急流を下るラフティングが好きなんですが、滝のような激流を通るときは、流れより頭一つ前にボートをこぎ出さないと、水の勢いにのまれて転覆してしまう。
実社会も同じで、安定した時代ならともかく、これだけ変化の大きな時に、受身でいては流されて溺れてしまうだけです。だから若い人には、恐れずにどんどんいろいろなことに挑戦してほしい。今のうちから変化の前へ前へと先んじることを楽しみ、どんな流れも乗りこなしていってほしいと思っています。