2018/11/28 更新 変化の時代の「普遍」を考える 名リーダーたちの人生哲学

【出口治明氏】「待っているだけ」が最もリスクになる時代“取りあえずやってみる”若者が未来を変える

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変化の時代の「普遍」を考える
名リーダーたちの人生哲学
激動の時代─。これまでの常識をアップデートし、人生のグランドデザインを見直すべき時が到来している。しかし、世の中の変化に“流されてしまう”リスクも忘れてはいけない。そこで、時代を代表する名リーダーたちに、「変化の時代」をたくましく生き抜くための「普遍」について聞いた。私たちが見失ってはいけないものとは─。

立命館アジア太平洋大学(APU) 学長 出口治明氏

新卒で日本生命へ入社。2008年にライフネット生命を開業。ネットを使う販売方式や積極的な情報開示などによって若年層を中心として支持を集める。2012年にはネット生保として初めて東証マザーズに上場。10年間、社長・会長を務めて退任し、18年1月に立命館アジ ア太平洋大学(APU)学長に就任

使えるツールは全部駆使して目標を最短ルートで成し遂げよ

ある日学生から、「学長助けてください」という、一通のDMがSNSで僕の元に届きました。一体どうしたんだろうと思い読んでみると、友人と三人でご飯を食べながら議論をしていた際に、「今、どうやら中国の深圳(せん)市がシリコンバレーを超えるような世界の最先端都市になっている」という話が出たとのこと。それで、実際にその様子を自分たちの目で見てみようということになり、その場でネットを使って3日後に深圳に行くチケットを購入したようです。その後、渡航費を決済しようとしたら、全員の口座残高を合わせても2万円くらいしかなく、旅行に必要な金額がなかったということが判明。それで、航空券は買ったのに決済ができないからどうしよう、となったわけです。

ただ、彼らはそこで諦めずにクラウドファンディングで資金を集め始めました。すぐにページを作ってSNSに情報を流しましたが、フォロワーが少ないから全然資金が集まらない。それで、「学長、拡散に協力してください」と助けを求めてきたわけです。僕はすぐ、彼らのページをシェアしました。すると、僕の友人二人から面白い反応がありました。一人は、「学生を甘やかすな」という意見。ちゃんとお金も貯めずにチケットを買ってしまうような奴を助けるな、人生を舐めてしまうぞ、と言うのです。一方で別の友人は、「彼らは何と素晴らしい」と大絶賛。「その三人はビジネスの基本が分かっている」と言いました。企業でも、設備投資を先に決めて、その後、ファイナンスを考えますから、彼らのやっていることはそれと同じだと言うのです。

昔だったら、きっと前者のような意見を持った人が大半だったと思います。でも今は、後者のような考えをしてくれる人が70代にさえいる。世の中は大きく変わりましたね。僕も完全に後者の意見に賛成で、「お金をちゃんと貯めないと、チケットなんて買えない」と考える若者たちが、日本の未来を変えられるはずはないと思っています。今までの社会常識を捨てて、やりたいことに最短ルートで挑戦し、それをSNSなど自分たちが使えるツールを駆使してカタチにできる若者こそが未来を変えるのです。

「美味しい人生」をつくるのは良質な知識と大胆な思考

そんな中で大事になるのが、自分の中に「知識」を蓄え、それをうまく使うための「調理法」を知ることです。僕はよく学生に、「美味しいご飯と、不味いご飯、どっちが食べたい?」と聞きます。すると、皆「美味しいご飯」と答えます。じゃあ、美味しいご飯はどうやってできるのか。いろいろな良い材料を集めて、それを上手に調理すればいいわけです。人生も同じ。いろいろな材料が知識。調理は思考です。良質な知識と、大胆な思考が、「美味しい人生」を保証します。それはいつの時代も変わりません。

知識を増やし、思考力を磨くには、学問を深めることが良い訓練になります。意外かもしれませんが、日本は低学歴社会です。OECDにおける大学進学率の平均は6割を超えているのに、日本ではまだ5割程度。大学生もまるで勉強しない。これは、製造業の工場モデルに適応し過ぎた日本企業に責任があります。大学での成績を重視せず、「真面目に忍耐強く働けそうか」と面談重視で人材を採用している企業が多過ぎる。でも、もう製造業中心社会は終わりました。これからは「GAFA」とか、ユニコーンが世界を引っ張っていく時代です。医療とかITとか、先端産業では従業員の9割以上が大卒で、幹部のほとんどが博士号なり修士号を持っています。ろくに勉強もしない日本人が、そういった世界とどう戦うのでしょう?

バブルが崩壊してから四半世紀の日本の成長率は1%ですが、その理由は、日本人が勉強をしないからではないかと僕は思います。どれだけ働いているかと言えば、正社員は年間2000時間です。一方ヨーロッパでは、同じ期間に2%の成長を遂げながら労働時間は年間1300時間。いかに日本が構造改革を怠ってきたかが分かりますよね。

これから社会に出る学生たちは、もしかしたら、この古き悪しき文化を残した企業社会にショックを受けてしまうかもしれない。でも、それは自然な反応です。置かれた場所で咲かなきゃなどと思う必要はありません。縁あって入社した会社で最大限咲く努力はするべきだけれど、無理だと思えば、頑張れる場所を変えていい。

時々、「出口さん、僕はどんな企業に就職すればいいのでしょうか?」と相談しに来る学生がいますが、回答はただ一つ。「そんなことは誰にも分からない」ということです。恋人同様、付き合ってみなければ真の相性は分からない。初めて付き合った人と結婚する人は、それほどいないでしょう?

どうしても心配なら、気になる会社のエレベーターにでも乗って、社員を観察してみては? そこで働く人と合いそうだと思うならきっと楽しく働ける。売上げがどうとか細かいことを気にし過ぎるより、自分の気持ちに素直に従って、失敗を恐れず行動してみましょう。まずはそこから物語が始まるのですから。

取材・文/栗原千明(編集部) 撮影/竹井俊晴