2018/11/27 更新 金融、コンサル、商社のプロフェッショナルが明かす
M&A(企業の合併・買収)の専門調査会社であるレコフデータの調べによると、日本企業のM&A件数は2017年に3000件を超え、過去最高となった。M&Aを契機に事業を好転させようとする企業が増えている今、裏側ではどんなドラマが展開されているのか、詳しく聞いた。
三菱商事株式会社 生鮮品本部 戦略企画室 マネージャー 大村裕道氏(写真左)
2001年に新卒入社。水産部門から金融部門に移り、プライベートエクイティの投資運用・助言業務に携わった後、水産分野の事業投資案件を担当
ボストン コンサルティング グループ プリンシパル 辻垣 元氏(写真中央)
約20年、コンサルタントとして幅広い業界を担当。近年は主にプライベートエクイティを担当し、デューデリジェンス、買収後のバリューアップなどを支援
ゴールドマン・サックス証券株式会社 投資銀行部門 マネージング・ディレクター 杉浦啓之氏(写真右)
大学院修士課程修了後、2003年入社。アドバイザリー・グループに所属し、M&A案件を中心に、資金調達を含めた幅広いアドバイザリー業務を担当
─最初に、それぞれのお立場から「M&Aとはどういうものか」についてご説明いただけますでしょうか?
杉浦啓之氏(以下、杉浦) 一口にM&Aと言ってもさまざまなパターンがあります。分かり易い例を挙げれば、二つ以上の企業が一つになる「経営統合」や、一方の企業がもう一方の企業を支配下に置く「買収」などでしょうか。とはいえ、M&Aによって企業の価値を高めるという目的は同じです。また、M&Aは通常その企業はもちろん、産業全体に与えるインパクトも極めて大きなものになります。その中で、M&Aを行うお客さまに対して、財務面を中心にアドバイスを行うのが、我々財務アドバイザーの役割です。
辻垣 元氏(以下、辻垣) 我々コンサルティング会社は、主にビジネス面での助言やサポートを行っていますが、クライアント、つまりM&Aを行う主体は二つに大別されます。プライベートエクイティと一般の事業会社です。投資ファンドであるプライベートエクイティが行うM&Aは、まさに支配権の移動であり、株主が変わることによって投資先企業の価値を高め、売却して利益を得ることを目指します。一方の事業会社が行うM&Aは、次のステージに向けた成長のために、同業他社や成長ベンチャーを買収して新しい強みを手に入れる手段としての側面が大きいと思います。
大村裕道氏(以下、大村) 商社の場合は、まさに事業価値向上の一環として、自分たちが主体となってM&Aを行うことが多いですね。私自身も、水産部門で国内外の投資案件を担当してきました。2011年に買収したチリのサーモン養殖会社にはCFO(最高財務責任者)として出向し、現地で新たな事業投資を手掛けた後に事業統合を進めるなど、6年間にわたって経営に携わってきました。M&Aは、事業を新しい局面に進めるための有用な手段の一つだと言えるでしょう。
─ニュースでもM&Aの話題をよく見るようになりましたが、以前と比べて状況は変化しているのでしょうか。ここ数年のトレンドはどのようなものでしょうか。
杉浦 多くの分野で国内市場が飽和状態にあり、人口減少を考えると今後の経済成長があまり期待できない現状では、選択肢は主に二つしかありません。一つは国内の企業同士で経営統合し、経営の効率化を進めて利益を確保する。もう一つは、海外企業の買収を通じて海外事業を拡大することです。景気動向や業界ごとの事情によっても異なりますが、M&Aの案件自体は増加傾向ですし、今後も増えていくと思います。
大村 私も、国境を越えてM&Aを行うクロスボーダー案件が増えているように感じます。今後もこのトレンドは続きそうです。
辻垣 一方で、子会社や事業の一部を切り出して売却するケースも増えていますね。以前は多角化して幅広い事業を持っていることが企業価値を高める手段の一つでしたが、今はその事業を持っていることで他社から狙われたり、企業価値を毀損するリスクも高まっています。メリット・デメリットを判断した上で、戦略的に売りに出すのです。最近では、大手企業が切り出す事業を、プライベートエクイティが積極的に買いに来ていますね。
杉浦 以前であれば、日本企業は「買収はしても売却はしない」と言われたものですが、その辺りも変わってきましたよね。でも、最も大きな変化だと思うのは、日本企業がM&Aに慣れてきたということです。昔はそのお客さまにとって「一世一代の大勝負」だったものが、今はもうM&Aが経営戦略における一つの手段として定着しています。法制度も整備されましたし、お客さまの経験値もそれだけ高まっている。
辻垣 確かに、近年は大企業が次の成長分野を開拓するために、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を設立してベンチャー育成とM&Aを両方手掛けるようなケースも増えています。このような動きを見ても、M&Aが事業価値を高める手段として一般化してきたと言えるのではないでしょうか。
─M&Aは、「ビジネスを構想し、実行し、成長させる」という一連のプロセスを学ぶことができる場と言えそうです。最後に、この仕事のやりがいを教えてください。
大村 M&Aプロジェクトは、オーケストラでゼロから楽曲を作り上げていくような面白さがあります。事業価値の向上を目指して、最初にどういう戦略でどういう成長を描いていくかという〝曲作り〞から始まって、さまざまな楽器の演奏家を集めるようにプロフェッショナルを集めて、皆で一つの音楽を作り上げていく。チームワークによって一つ一つのタスクを達成して、成功に近づけていくことが楽しくて仕方ありません。
辻垣 コンサルタントは、素早くM&A戦略や事業性評価を詰めなければならないときや経営状態が厳しい企業の改革など、いわゆる「修羅場」に呼ばれることが多い。そして、業界が変わっていく最前線に関わりながら、前述したような自分のレベルを短期間で高められる環境があります。絵を描くだけでなく、インパクトを出すところまで関われるのが、コンサルタントとしての醍醐味です。
杉浦 経済全体、産業全体に大きな影響を与えるような案件に関わることができる。これが一番かもしれません。接するお客さまも一流の方々ばかりで、視野も広がるし、勉強になります。その一流の方々に心から感謝してもらえたときは、アドバイザー冥利に尽きるというもの。長年この仕事をやっていますが、刺激的な毎日を送らせてもらっています。
取材・文/瀬戸友子 撮影/竹井俊晴